明日を照らし喜び合う
Message
代表者メッセージ

私たちは、食肉製品の加工と卸販売を主な事業とする会社として、地域に根ざし70年以上の歴史を刻んできました。私たちは、ただ肉を加工し販売するだけが仕事だとは思っていません。この仕事を通じて、関わる人々に喜びを与えること。そのために、まず自分たちから楽しんで仕事に取り組んでいくことを大切にしています。幸せが巡る豊かな毎日を、食を通じて育んでいきたい。それが私たちの目指す“志事”です。照喜名ミートの商品を通じて、少しでもその想いが実ることを信じて、日々励んでいます。
代表取締役 照喜名 朝也
代表取締役 照喜名 朝貴
Company
会社概要

| 会社名 | 有限会社照喜名ミート |
|---|---|
| 住所 | 〒904-2165 沖縄県沖縄市宮里2-11-12 |
| 代表者名 | 代表取締役 照喜名 朝也 代表取締役 照喜名 朝貴 |
| 電話番号 | 098-937-8914 |
| 事業内容 | 食品卸売業 |
| 創業年 | 1955年創業 |
| 法人設立 | 1991年5月 |
| 従業員数 | 24人(内パート8人) |
| 資本金 | 600万円 |
| 売上高 | 8億円(※2025年3月時点) |
Story
沿革

照喜名ミートの誕生
1955年、照喜名ミートの物語は、創業者の照喜名朝徳(現代表の祖父)から始まります。知念村(現南城市)出身だった朝徳氏が、コザまで出向きそこで豚を解体、その肉を母の照喜名ウシが行商として売り歩いていていました。この頃から、家族一丸で精肉業を営むようになりました。

沖縄市での店舗展開
ある程度軌道に乗ると、沖縄市の銀天街に最初の路面店を構えることになります。そこを皮切りにゴヤの一番街の市場と、うるま市赤道にも出店。合計3店舗を展開していきました。家族経営で続けていましたが、店舗運営が忙しくなる中、従業員も雇い始め、小売業としてさらに成長しました。この頃から、現社長の2人も小学生の頃から工場の片付けや店舗の手伝いを行い、精肉業が生活の一部として染み付いていました。
店頭でお客様と接していた照喜名貞子(現代表の祖母)は、お客様とのコミュニケーションを何よりも大切にする人でした。「お客様に寄り添う」という想いは、この頃から着実に育まれ、現在まで受け継がれています。

中部食肉センターで業界の底上げを
1970年代後半、照喜名ミートの創業者・照喜名朝徳氏は、中部地域の精肉業界を底上げするため、独自のビジョンで中部食肉センターを創業。当時、沖縄の食肉業界はまだ技術や流通が未成熟で、個人商店が中心でしたが、朝徳氏は効率化と品質向上を目指し、屠畜から解体までを一貫して行う施設を設立。この取り組みによって、地域全体の精肉品質が向上し、新たな信頼を築く基盤が整いました。その功績が讃えられ、平成5年には、厚生大臣から表彰されるまでに至りました。

小売から卸への変革
1980年代後半、スーパーマーケットの台頭により、専門店の運営が難しくなり、照喜名ミートは小売業を縮小。1990年代には、生肉だけでなく冷凍商品を扱い、卸売業へと事業の方向性をシフトしました。この頃から、弁当屋や惣菜店、外食産業など多方面に供給を広げました。また、県外から新鮮で品質の良い仕入れ先のルートを確立。その流れもあり、県内の飲食店や医療関係施設などへの供給も盛んになっていきます。特に沖縄そば店への展開が一気に加速。鮮度と信頼にこだわる照喜名ミートの食肉が、こだわりある沖縄そば屋の味を支えるようになっていきました。

“想い”を受け継ぎ、今そして未来へ
1991年には有限会社化を果たし、設備や工場の刷新も進め、現在の基盤を確立しました。そして、2018年には、2人の兄弟が社長に就任。70年という大きな節目を迎えながらも、「お客様に寄り添う」想いを追求する姿勢を止めることなく、食品卸売業・外食・病院(施設)・学校給食センター・一般消費者など、あらゆるニーズに対応する会社として、地元に根差し、成長を目指しています。

